仲間の話 くみ

『小さな記憶』  

子供を保育園に迎えに行った帰り、気分が良かったので遠回りをして川の方へ寄り道をした。少し歩くと川の真ん中が通れるようになっていて私は透かさず子供を引っ張り「秘密基地みぃつけた」と子供に戻った様にワクワクした。石を投げて遊んでいる私と子供…フト子供を見ると川の遠くを見て楽しそうにしている目は夕日に照らされて輝いて見えた。自分もこんな時期があったのかな?と思うと少し切ない感じもした。私の理想での妄想なのか現実に過去にあった事なのかわからないけど、私が子供時代に母と楽しく遊んでいる姿がフト思い浮かんだ。

小学校位の頃、よく母と妹と三人で海にドライブに行っていた。ドライブと言うよりも予定もなしに母はヤケになり運転していた様にも思えていた。暴力的な父への不満や怒り…母は運転しているにも関わらず先の見えない道を走っているかの様に不安げな表情だった。夕方、遅くなると母も慌てる様に帰り、また私も不安が毎度、襲ってきていた。

私達が三人で出掛けるのが嫌だったのか、父は帰って来ると機嫌が悪かった方が多かった。悪かった日に当たれば母に当たり散らし、一時は三人で出掛けられなくなる父からの支配的な命令だった。それ以外にもストレス解消の様に当たられる様な感じがしていて、自分という人間が段々、縮小していく様な気分だった。父親というよりも、ただ一緒に住んでいる憎くてたまらないクソじじいだった。そんな事が続いていた…気が付くと色んなことに敏感になっていた。母に男の人が居ると気付いてしまった。母達の部屋で探し物をしていると、母が男の人に書いた手紙があった。知らずうちに読んでしまっていた。書いてある意味が良く理解できてしまってショックだった。父と母に対する不信感が強くなった。母に聞く事もできない…聞いてしまえば真実になってしまうのが怖かった。自分が傷ついた事よりも聞いてしまえば母が傷つく心配もしていた。何もなかったかの様に母に接していた。

時間がたつうちに気にならない事も増えてきて、反抗期になり、自分の遊びで夢中になっていた。けれど、何か言われると、無意識のうちに溜まった怒りは爆発していた。怒りでしかもう伝える事は出来なかった。自分でどうしていいのかも、わからずにも家に居たくないことは確かだった。非行に走り薬物を使う様になり、母はそれを目撃すればヒステリックに怒っていた。薬物にだけでなく私の一つ一つの事に口を出されるのが嫌でしょうがなかった。まったく違う話に怒りをぶつけてきていた。父はそんな状況になっていることは、まったく知らない。母はそんな無神経な父にも腹がたっていた。こうして書いてみると、また色んな事を思い出す。嫌だった事、傷ついた事、そして最近は楽しかった事、嬉しかった事。

最初は親に対する恨みばかりが、なぜか仲間の話を聞いたり自分の話をしていると、「あっ私もそんな事あったな~」ときっかけになり、思い出す事も度々ある。自分にふたをしていた部分が心を開くと不思議と恨みばかりではなかったと気が付いた。少しずつではあるけれど…私は自分の親から愛されてないんだと思っていたけれど、自分が子供を育てていく中で大変さや親に対する理解も増えてきた。きっと私も完璧な母親にはなれない…上手くはやっていけない…きっとそれでいいんだ!時には自分の感情で子供に手をあげてしまう…私が親でごめんなさいと自分を責めまくる事も心の中であった。

ミーティングを利用させてもらったり、仲間に聞いてもらったりすると、徐々に子供の笑顔も感謝に変わってきた。「産まれてきてくれて有難う」「こんなママだけどヨロシク!」と。

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