仲間の話 ヒロ

 小さい頃から普通に人を好きになり、思春期に入った頃からも女性に恋愛感情も持つようになって、自分の中に女性に対する関係性の病気が有るとは思いもせず、今まで関係を繰り返して来ました。

十代の頃は無邪気な恋愛も有ったのですが、二十代後半からは恋愛で苦しむようになり、薬物を使いながらの恋愛は、惨々たるものでした。

 自分の中に人との関係の持ち方に問題があると感じ始めたのは、NAやDARCに繋がった後からでした。小さい頃から酒乱の父親と共依存の母親との関係の中で育ったせいか、女性に対するコントロールが酷かった様に思います。

 薬物使用が本格化してからは孤独でした。薬物ではもう埋められなかった心の隙間を、女性との病的な関係で埋めようとするのですが、長続きせず苦しむばかりでした。

 DARCに繋がり、地元を離れて他県でプログラムを受けることになり、薬を使わない生活の中で幾つものアディクションに苦しみました。依存対象を変えながらのクリーンでした。それも長続きせず、最後に警察沙汰になるようなトラブルを起こし、状況から逃げる様に薬を使いました。

その直後、女性の仲間の家に転がり込み、相手がどういう人なのか、自分はその人の事を好きなのか曖昧なまま、女性との共依存の生活が始まりました。生活自体は荒れ放題に荒れていたのですが、ただ側に居てくれる女性が居る事だけに執着していました。関係が近いと必ず僕は苦しむ、そう思いながら、もしかしたら、もしかしたら、うまくやれるかもしれない…と思いながらの生活でした。

しかし起こって来ることは嫉妬や暴力で、それからも逃げられない彼女の問題にさえ気付きませんでした。彼女自身今まで生きてきた中での人間関係の底付きを感じていたのだと思います。お互いが自分の人生を歩く事から逃げている後ろめたさが常に有り、周囲にも言い訳ばかりで、ミーティングに出る事さえ困難でした。

 そんな中、衝動的に二人で思い付いたのは僕の地元に行く事でした。夜逃げ同然で車に積めるだけ荷物を積み込み、仲間にも黙って住んでいた場所を後にしました。彼女の笑顔が段々無くなっていく事に僕自身不安を覚え、いつ僕の元から去ってしまうんだろうと、彼女の言葉ひとつ、態度ひとつに疑心暗鬼になっていました。

喧嘩して別れ話が出るたびに切れていました。彼女を殴り、その直後に土下座して泣いて謝る、それくらい関係は壊れていました。それ以前に築けていなかったと思います。

 間もなくして薬の再使用が始まり、ぼろぼろの状態で別れました。その時仲間に言われた言葉は、病的な関係ではじまったクリーンは、病的な関係で終わる、という事でした。仲間の中で少しずつ苦しみながらでも、自立した関係をこれから築いていく必要があるんだと言うことを気付かされた気がしました。                                       

 その後、彼女は地元に戻り、僕は刑務所に入りました。刑務所の中でも一番辛かったのは人間関係でした。初めて知った社会が刑務所だった気がします。

 その後、再度DARCに繋がり5年が経ちます。以前、仲間の中で、問題が有ると自分と向き合うことをせず、女性との関係に逃げていた自分を時々思い出します。仲間の中で傷付くことに臆病になっている自分も居ますが、人と居るのは大好きです。仲間が僕には必要です。

 今回、仲間の配慮で沖縄のNAのギャザリングに行くことが出来ました。真っ青な海と空の下で、仲間と過ごすことが出来ました。次は、何時の日かパートナーを連れて行けたらいいな、と思っています。

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