熊本ダルク家族会  ゆめ

破壊から再生へ向けて    

家族には色々な形が有ると思います。私が家族と言う二文字を意識したのは、自分自身が結婚してからです。しかしそれと同時に、執着心も有りました。「私の家」、「私の家族」それは私の全てでした。 長女が産まれ世の中の幸せを勝ち取ったような優越感と、片一方では、これからの何かわからない得体の知れない不安とを抱え込んでいました。初めて産まれた女の子に、毎日の着せ替え、食事作り、掃除と、まるでマニュアルを渡された主婦のごとくこなしていました。それでもまだまだ私のパワーは十分あり、家族を支配していました。

長女も主人も、家の中では、とてもいい子供、いい主人としていてくれました。二つ違いで二女が産まれました。もともと器用な生き方が出来なかった(実際はすごく器用な人間と思い込んでいた)私は、長女と二女、主人と私、このバランスのとり方を身につける術もわからず、ただ日に日にヒステリックな妻、口やかましい母親へと変貌していきました。

朝起きると同時に、育児、炊事、掃除、洗濯に明け暮れていました。いつも病気に対する不安、潔癖症の私は、家の中はもちろん主人が帰ってきた時、ドアの外でほこりを払ってきて欲しいと思うほど神経質でした。子供には一日三回着替えさせ、子供の身体の異変には片時も忘れず気を配りました。私の身体はまだ20代のエネルギーで疲れを知りませんでしたが、心はそんな生活に明け暮れ、疲れ果て悲鳴をあげていました。

しかし、建築関係を営んでいた主人は、お酒を呑む機会や、泊り込みでの仕事もあり、それに若さもあってか、なかなか私の悲鳴は届きませんでした。私は伝え方を知りませんでした。口を開けば攻撃したり怒鳴ったり、お酒の力を借りれば、からんだり、意固地になれば、ひとり孤立したり、そういう日々の中で、私は精神と身体を壊していきました。しかしその頃は、そういった心と体のバランスのくずれ等、知るよしもなく、夫婦としての関係を切ることが、私を解放してくれる一番、最適なやり方だと思い込み、私は離婚を決意し主人と別れました。子供たちの気持ちはどこへ行ったのか、なぜその時ちょっと足を止めて考えてやれなかったのか、本当に申し訳なく思います。

 それから、長い年月のなかでいろんな事も沢山ありました。罵倒したり、憎しみ合ったりした日もありました。しかしそんな私たちに、また子供の親としての関係を見直させてもらう機会を与えてもらう事になりました。それは、二女の病気が始まりでした。高校一年に成長した娘は、摂食障害になり、そして薬物依存症にもなりました。

今、娘はある施設に居ます。私自身が生まれ育った家族の形、主人が生まれ育った家族の形、そして、主人と私が作り、壊した家庭、しかし、今私たちは、娘はある施設で、主人は他の家族会で、上の長女も今、自分の見直しに入っている所です。 私があの時、しっかりと握り締めた私の家族と言う名のカードは、あまりにも強く握ってしまったがために失くしてしまったけど、それぞれが、それぞれの場所で自分らしくあるために生きようとしています。 今、私は大好きなワンちゃんを握りつぶしてしまわないように思いながら、抱きしめて暮らしています。

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